桜の下 窓ガラス越しに薄紅色の木を眺める白い横顔は、決して手に入らないものに焦がれるように、大切な誰かに置き去りにされたように、寂しそうに見えた。 強靭な精神も血に飢えた残酷な顔も、闇が刻一刻と迫る中すべて鳴りを潜めて、はらはら散る花びらのようにただ美しく儚げですらある。 「桜、好きなのか?」 「嫌いじゃない」 「近くで見たいか?」 「…見たくもない」 けど、触りたいな。という呟きを耳にした山本は、いてもたってもいられなくなって、攫うように雲雀の細く骨ばった腕を引いた。 抗わずされるがままに歩く雲雀の足どりは、桜の木に近づくにつれて着実に頼りなくなる。 突っ張っても力が抜けていく膝を支えられず、真下に来たところでとうとうくず折れた。 すぐに動いた山本の右腕がしっかりと抱きとめる。 両腕で抱き直すと、そっと木に凭れかけさせた。 「触りたいんだったよな」 ひょいと身軽に太い幹に足をかけて、するするとさながら猿のように登っていく。 手頃な小枝を見つけると、一言だけ「ごめんな」と桜の木に笑って謝り、その後躊躇わずに力を込めて折った。 みしり、と傷つく嫌な音。 現れた生々しい樹皮からは、今にも血が流れてきそうだ。 「ん」 登るより早く飛び下りた山本は、うっすら色づいた雪のようにふわふわと花ひらく枝を差し出した。 気だるげに双眸を上げた雲雀の頬に寄せる。 小さな花々は綺麗な容貌を引き立たせるように、誇らしげにさえ見えた。 ゆるゆると手を花弁に添えた雲雀は、次の瞬間無残にそれを握りつぶした。 それだけの力を入れるのにも難儀するようで、すぐに開かれた手のひらから、毟り取られた花びらが胸や肩に散った。 薄い瞼をわずかに震わせて閉じ、常よりゆるく呼吸する雲雀は、今にも桜に喰われてしまいそうだ。 幻影のように消えてしまわぬように、花より赤い唇に誘われるように、口づける。 「なぐらねーの?」 「……本調子に戻ってからね」 うわ、楽しみーと肩を竦ませた山本が、千切られて尚美しさを保つ小枝を雲雀の耳にかける。 「んじゃ今のうちに、すげーこといっぱいしとこう」 「……後で覚えてなよ」 逃げられるはずもないものを、それでも閉じ込めるように顔の横に両手をついて、もう一度口づける。 開かせた唇は協力しないが、拒みもしない。 桜の淡い香りに酔ったのか、募る情欲をやりすごせない。 やがて艶めいた音を立て睦みあう二人の上に、桜は花びらをそっと降らし続けた。 |
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