殺し屋が死んだ日 「死ね」と何回叫んだだろう。 「殺す」と何度銃を向けただろう。 そのたびに軽くあしらわれて、小さな自分は悔しくて泣いて。 ボスの役に立ちたいなんていう大義名分はいつの間にか薄れてなくなり、自分をちっとも見ようとしない憎たらしいヒットマンの目をいつか自分に向けてやろう、そして参ったと言わせてやろうと、夢中になって追いかけた日々。 手足が伸び、成長するにつれて、自分は周りの人の顔色を窺うことや、大人しく振るまうことを覚えた。 変わる自分、変わらない彼。 彼はいつもどこか違う世界を見ていて、変わっていく自分などまるで目に入らないみたいだった。 一体何の為にと頭の中でもう一人の自分が囁いた。 それでも、時に虚しさにおそわれながらも、追い続け、追い続け。 そしてきっと初めて、背中ばかり向けてきた彼がランボの目を真正面から見据えた。 別れを告げるために。 「子供の時間は終わりだ」 深い黒の両目は切れそうに鋭い。 「もう俺の周りをうろつくんじゃねーぞ。性懲りもなく俺の命を狙うなら、本気で俺はおまえを殺す」 目の前に立つのは、超一流のヒットマン。 自分みたいな三流とは格が違う。 ランボは息を飲んだ。 澄んだ湖面を思わせる緑色が揺らいで。 怖い。 びりびりとした殺気が心臓を締め付けるようだ。 ランボだって、幾度か死線を潜り抜けてはきた。 けれども、こんなに逃げ出したいと思ったのは初めてだ。 彼が本気を出せば、一瞬で消える自分の命だと知っている。 それくらい解っている。 彼が目こぼしをしてくれなければ、今この場にランボは存在していない。 憎まれ口も、文句も、感謝も、謝罪も、何一つ口から出てこようとはしなかった。 開いては閉じる唇からは出るのは、ただかすれた息だけ。 本当に、これで終わりなんだと思った。 無謀に追いかけるのは、やめなければならない。 いいことなんて一つも無かった。 いつも邪険に扱われて、優しくしてくれるのは綱吉や、奈々で。 うっとうしい悪戯を仕掛けなければ、イーピンだって、手をつないでくれたのに。 彼はいつだって、冷たくて。 何の価値も無かったじゃないか。 いい機会だ。 自分ももうじき一人前と認められて、暇じゃなくなるのだから。 ボヴィーノのボスにたくさん仕事を与えられて、次々それをこなして、裏社会で名を馳せて、それで、それで――……。 彼の人生に関わることは二度とない。 ぽっかりと心にあいた空白の穴。 どこまでも落ちていけそうに、暗い。 「じゃあな、ランボ」 いつも、アホ牛呼ばわりで、名前なんか呼んだことなかったくせに。 どうしてこんな時ばかり。 「…………」 ふわふわと波打つ黒髪に、硬い手が触れた。 頬を辿り、首にかけられて。 その手の、熱。 ああこのまま殺されてもいいなあ、なんて、思う自分はどこまでも馬鹿で可哀相。 なのに。 「せっかく俺が見逃してやったんだ。長生きしろよ」 聞いたことの無い声を。 見たことも無い顔を。 残して、彼は離れていく。 ランボから。 一歩、二歩。 影が、遠ざかっていく。 ああ本当に、なんて酷い男なんだ。 涙が溢れて、彼が触れた頬を伝っていく。 ぼろぼろと、ひっきりなしに。 大きな粒が頬と地面を濡らしてゆく。 気づきたくなかったのに。 (時折構ってくれるのが嬉しかった) 最後の最後で。 (プライドも何もかも捨てて、這い蹲ってもいいとさえ) きっと、彼は全部お見通しなんだ。 (おまえがいなかったら、おれは) 生きる意味さえ見失ってしまうんだ。 ああ、そうか。 これは恋だったのだ。 こんなに息苦しくて、心臓が痛い。 「…リ、ボ……」 行かないで欲しい。 自分を置いて。 だって自分は彼の足を止める術を持たない。 幼い頃と同じ様に、こうして涙を流すことしかできない。 我慢。 (行くな) がまん。 (いかないで) 呪文のように唱えても、止まらない。 涙も、足も。 願いは、叶い、叶わなかった。 この日、一人のヒットマンが消えた。 |
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