雨世界 雨。 雨。 さあさあ降っては世界を濡らしてゆく。 しばらく続いた春らしい陽気に、せっかく綻んだ桜の花も散ってしまいそう。 そんな雨の今日。 初夏の地区予選に向け、声を張り上げて練習する運動部も休みのところが多い。 授業も掃除も終わった放課後の今。 雨に濡れた、誰もいないグラウンドを囲むように咲く桜を見ながら、静かな廊下を歩く。 けれどその静寂も束の間。 軽快な足音。 弾む息。 そんなものを撒き散らしながら、風を起こして一人駆けていった。 かと思えば、つつつっと後ろ向きで戻ってきた。 「よ! 何してんの?」 「君こそ何してるの。廊下は走るなって教わらなかった?」 「放課後は解禁だろー。オレは校内ランニング。今日雨だしさ、野球部は自主トレなんだよな」 冷たい目を向ける雲雀に臆することなく、いつもの笑みを浮かべた山本は、リストバンドをはめた手を、ぶんぶんと振ってみせる。 日頃暗くなるまでずっと走り回っているから、今日は雨の所為で体力が有り余っている様子が見て取れる。 「ふうん」 「ヒバリはどこ行くんだよ?」 「どこだっていいだろ。大人しく練習してなよ」 「ついてってもいーだろ。自主トレだから大丈夫だし」 両手をポケットに突っ込んで、小走りに自分の後をついてくる山本をちらりと見ただけで、雲雀は何も言わずに歩いた。 ほどなくして、雲雀の根城とも言える応接室に到着した。 ついてきた山本を無視するように戸を閉めようとする雲雀にめげることなく、山本は素早く部屋の中に滑り込んだ。 雲雀は一つのカップにだけ紅茶を注ぐと、奥にある執務机に座り、後ろに広がる雨の景色をその黒い目でじっと見つめた。 「何か面白いモンでも見える?」 口をつけずに置かれたままのカップに、山本が手を伸ばす。 その様子をガラス越しに見ながら、取っ手に引っ掛かった指がカップを持ち上げるのを、白い手で遮った。 持ち上げようとする山本と、下ろさせようとする雲雀。 しばし無言の力比べとなる。 不意に雲雀がひょいと手を外した。 勢い余って振り上げられたカップから熱い紅茶が飛び出し、山本の顎を襲った。 「あちっ!」 けれど山本は滴る紅茶を動物のように舌で紅茶を舐めとり、嬉しそうに笑う。 「やっぱうまい。他の紅茶は飲めねーのに、なんでだろーなあ」 雲雀の淹れた紅茶だけ。 しかし雲雀が口説き文句のようなその言葉に、相好を崩すこともなく。 ただ無関心に外を眺めていた。 特に珍しくも無い雨が降る様子を、じっと。 名画を鑑賞するように、息さえ潜めているように見えた。 「……静かだ」 ただ事実を述べる言葉だったが、ほんの少しだけ満足そうに響いた。 つられたようにどこかひっそりと窓の外を見ながら、けれど山本が首を傾げる。 「え、でも聞こえるだろ? この雨音」 細い雨が、地面を、校舎を、桜を叩いて音を紡ぐ。 雲雀はゆるゆると眠るように瞼を伏せた。 そしてすっかり冷め切った頃に、一口分だけ残っていた紅茶を飲み干した。 |
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