休日 何の変哲も無い携帯電話の着信音。 昨晩入念にダイナマイトの手入れをしていた獄寺は、眠い目を擦りながら布団の中から手を伸ばした。 手探りで四角いそれを掴むと、通話ボタンを押して耳に当てた。 ひんやりとしたプラスチックの感触。 「……もしもし」 寝起きの嗄れ声で不機嫌そうにぼそりと告げると、数拍おいて返事が返ってきた。 「今家の前にいるんだけど。後3分だけ待ってあげるから出ておいで」 ぼんやりした頭に入ってくるのは、聞き覚えのある平坦な声。 そのまま獄寺の返答も待たずに、一方的な通話が切られた。 とりあえず獄寺は電話のディスプレイで時間を見る。 8:13。 これは休日人の家を訪ねるには些か早すぎる時間ではなかろうか。 しかし身勝手な振る舞いに抗議しようにも、相手はここにいない。 素直に言うことを聞くのは癪だったが、そうやって無視して窓を破られたことがあるので(結構高くついた。金が無いわけではないが、この季節風通しがよくなるのは勘弁願いたい)、のそのそとだが心地良い布団から這い出し、洗面を済ませて服を着る。 男の準備などこんなものだ。 ファーのついた厚めのダウンジャケットを羽織り、しっかりと施錠して部屋を出た。 相変わらずの黒ずくめで腕を組んでいた雲雀は、マンションのエントランスの片隅に佇んでいた。 「行こうか」 朝の挨拶など期待するだけ無駄である。 獄寺がついてくることを微塵も疑わずに、一人きりの散歩のような自分のペースで歩き出す。 瞼を半分下ろしたままの獄寺は、煙草に火をつけて、ポケットに両手を突っ込みながら、やはり自分のペースで後を追った。 爽やかな日曜朝の空気と薄い太陽の光に誘われるように視線を上げ、晴れたなら洗濯すりゃよかったか、などと所帯じみたことを考える。 こんな風に高い青空は久しぶりだ。 なのに何故こんなやつと、と黒を着ているせいで余計に細く見える背を見やって、溜息を吐く。 雲雀は群れるのが嫌いだ。 だから多分隣り合って歩くのも嫌いだろう。 というか自分が隣に並んで歩きたくなど無い。 いつもの斜め後ろの角度でつらつらととりとめもなく思う。 バイクに乗ってくるけれど、タンデムシートが無いそれに獄寺が乗ったことはない。 例えタンデムシートがあっても雲雀は恐らく他人を乗せないだろうが。 会話も無いまましばらく歩くと、小さな公園に着いた。 まだ早いせいかいるのは鳩だけで、砂場や遊具に遊んだ形跡はあれども子供らがいない。 またえらい不似合いな所だと首を傾げて足を止める獄寺をよそに、雲雀は迷うことなく茶色いベンチに腰掛けた。 三つ並んでいるベンチの中で一番新しそうなそれに、背を預けてゆったりと座る。 そこでようやく雲雀は獄寺を仰ぎ見た。 「座ったら?」 「……」 無言のまま獄寺は同じベンチの端に腰掛けた。 一応は連れなのだから一緒のベンチだが、親密ではないので心の距離を置く。 そっぽを向いて紫煙を吐き出した。 それで満足したのか正面に向き直った雲雀は、コートのポケットから文庫本を出して開いた。 紅や黄に色づいた葉の擦れあう音。 小鳥の鳴き声。 まだ乾ききっていない道路の水を撥ねていくタイヤの音。 そしてもう一つ。 雲雀がページを捲る紙ずれの音。 静かな空間では自然と耳に入ってくる音が、やけに耳に残る。 (何してんのオレ。つーか、何してーんだよこいつ) 横目でちらりと見るが、雲雀は気にした風も無く黒い目を上下に動かしている。 吸い終えた一本目を右足で踏み火を消してから、二本目を咥えて深く吸って肺を満たす。 力を抜いて軽く瞼を伏せれば安らいだが、起きぬけの眠気はすっかり飛んでしまっていて、そのうち持て余してしまった暇が猛然と襲い掛かってくる。 常に何かをしていたい獄寺は、無駄な時間が嫌いだ。 この暇の元凶の雲雀が本を読み終える様子も無い。 会話を求めるのも無駄だろうと思って、一方的に告げることにする。 「オレ帰るわ」 返事ははなから期待していなかった。 なのにこんな時だけ雲雀は反対し、受け入れてくれない。 足を組み替えて言う。 「駄目だよ」 「何でだよ。別にオレがいなくてもいいじゃねえか」 口角を下げて憮然と言った後に、しまったこれでは構ってもらえなくて拗ねているみたいじゃないか、と後悔するが、それを揶揄するわけでもなく雲雀があっさりと「いてもいいじゃないか」と返す。 「いる意味が必要なら、セックスでもする?」 僕は構わないよと続ける雲雀の言葉を理解すると、獄寺は瞬時にカッと頬を染めた。 試すように薄く笑う男をギリ、と睨みつける。 この男は冗談のように本気を差し入れてくるので、性質が悪い。 「てめ、なんつーこと言いやがんだ!! するか馬鹿!!」 「そう?」 残念だな、と全然残念そうじゃない顔で言い、雲雀は唇を閉じた。 そのまま本の読みかけの部分を広げ、また静かに字を追いだした。 「……」 それ以上止められなかったが何だか勢いを殺がれた獄寺は、ここで意地になって帰る気にもなれず、元の位置にどっかと座り直す。 再び沈黙が落ちた。 そよ風が吹いて枯葉を転がしていく。 「楽しいね」 「どこがだよ」 視線を上げもせずに淡々と言う雲雀に苦々しげに返しながら、その横顔を見るともなしに眺めていると、何となく笑いたい気分になって、口の端を緩ませる。 今度は眠る為ではなく、もう少し煙草の味と静かな空気を味わっていようと、眉間の皺を解いて目を閉じた。 |
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