『あの人』の話を振れば、彼はいつも困ったように、怒ったように、それでいて言いよどむことなくさらさらと話す。 いつからだったかははっきりと覚えていない。 だけど気づかないうちに、二人の関係は変化していたみたいだ。 いいことだと思う。 それは単純に、強力な味方を繋ぐ術でもあるけれど。 何よりただ、彼が幸せであるように。 『あの人』も彼の想いに報いているといいと願う。 「雲雀さんは今、イタリアに帰ってきてるのかな」 「…今度はどこの抗争ですか?」 真面目な彼は、書類に走らせていた目を鋭く細めて上げた。 気色ばむんじゃなく、冷静に不利益の排除を計算して問う、低い声。 ファミリーにとって欠かせない、ブレーン。 辺り構わずダイナマイトをぶっ放していた幼い頃は想像もつかなかったけれど、彼の本質は、攻撃よりも守備に向いている。 守るものがあるっていうのは、本当に人を強くするんだな。 「いや、違うんだ。ただ、元気かなと思って」 「オレに聞かないでくださいよ。知りません、あんな奴」 あれ。 喧嘩でもしたかな、ほんの少しだけだけど、上唇の先が尖る。 落ち着こうとしてか、煙草を咥える仕草も普段より荒っぽく見える。 あの頃よりずっと大人になったのに、そういうとこはとても可愛いままで、安心する。 「そうかな。でも一番会ってるのは君だと思うし。それにね、」 ここ、と指で示した首筋には、隠しきれていない赤い痕。 あの孤高の殺し屋に、独占欲を抱かせること自体相当すごい。 彼は白い肌を耳まで赤く染めて狼狽した。 自分でそれがわかるのか、取り落としかけた書類を顔に当てて小さく「あの馬鹿…」と呟いた。 「愛されてる、ってことでしょ」 「いいえ、そんなことは絶対ないです! むしろこっちから願い下げです! 大体あの男は―――」 始まったぞ、と胸の内で密かに思う。 惚気にしか聞こえないような悪口を言っては、『あの人』を貶しているつもりなのだ。 とげとげした口ぶりで覆っても無駄だよ。 嫌悪している人間の話は、顔を顰めてむっつり黙って避けるのにね。 隠し事ができないんだから。 可愛いなあ。 本当に可愛い、恋をしている人は。 へらへらと、代わり映えのしない文句を聞いてると、適当な相槌が不満だったのか「聞いてます?」と軽く睨まれた。 ちゃんと聞いてるよ、君の好きな人の話を、さ。 「―――だからそういうとこ許せないんですよ!」 「そうでもな……いや、うん、そうだね。本当にそれは酷い」 他愛ない文句を打ち消して、いつもはそんなことないよと宥めるんだけど。 今日はちょっと趣向を変えてみて。 意地っ張りな彼の本音を引き出してみよう。 と思って、憤慨する様子に同調すると、勢いづいて「でしょう!?」と笑いかけてきた。 彼が。 何かを言う前に畳み掛けるように言う。 「言わせてもらえば、大概雲雀さんは単独行動とか言って、一人で勝手に突っ走ってっちゃうからその後始末も大変なんだよね。壊滅させた後のフォローとかさ。周りを見ないって言うか。それにまだフリーっていうよりボンゴレ寄りだけど、興味が無くなれば―――戦場を提供できなくなれば、いつその牙をこっちに向けるか分かったもんじゃないから不安もあるし。殺意がなくても愉しめると思えば、構わずに向かってくるだろ。欲望に忠実って言うの? 実際昔からよくトンファー向けられたし。実際乱暴だよね。君もよく傷つくってきた時期もあったし。あれ全部あの人のせいでしょ? 支配欲とか独占欲とか、我侭そうだもんね、苦労知らずで悠々自適に暮らしてきたんだろうなぁ。でもいい加減大人なんだから、もう少し考えて行動をとって欲しいとか思うわけで」 はぁやれやれ、と呆れたように首を振る。 腹芸ってほどでもない、ちょっとした小芝居だ。 思ってもないことを―――彼がいつも零す不満を大げさに要約して脚色しただけの。 でも真っ直ぐに人を信じる彼は気づかない。 怪訝そうな、でも不愉快そうに眉間に刻まれた皺。 目論み、成功。 「―――んなことも……いや、そーですよ、ね……」 不自然に途切れる言葉。 泳いで下に落とされる眼差し。 無理が滲み出る笑顔。 困惑顔の彼はあんまり正直すぎて、思わず吹き出してしまった。 「あはは、嘘だよ。本当に、雲雀さんが好きなんだねぇ」 「ちっがいますよ!!! 誰が、そんな、あんな奴!」 「他の人間に雲雀さんの悪口を言われると、むっとするだろ? 『そんなことも』『ない』んだよね? 雲雀さんの良さは、君が一番よく知ってる」 真っ赤になった彼は、むきになって否定するけど、真実は覆せない。 からかってるわけじゃないんだ。 ただ、失くしてしまってからじゃ、遅すぎるから。 「―――っでも!」 「認めなくてもいいから、否定はしないで。いつか、自分の言葉で苦しまないように」 肩にそっと置いた手を、彼が上から包む。 「そういう、顔をするのはずるいです」 置いていかれた仔犬のように、泣きだしそうな幼子のように。 唇を噛んだ彼は途方にくれた目をして言った。 恋に惑う可愛いひとは、縋るように肩に額を押しつけてきた。 だから、かすれる苦しそうな呟きも耳が拾う。 目を閉じて、いとおしむように小さく震える頭を撫でた。 「……解ってるんです、もうどうしようもないって」 だってもうどうしようもない。 |
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