山本と雲雀と〜コンビニの乱〜 ある晴れた日の夕暮れ。 その日もいつものように風紀を乱すものを取り締まり、群れる草食動物を徹底的に叩きのめし、さて帰ろうかと一人道を歩いていると。 「あれ、ヒバリじゃん。偶然だな」 ジャージ姿の山本武(2―A、野球部所属。武器は剣に変わるバット)が後ろから声をかけてきた。何をそんなに急ぐのか小走りに駆け寄ってきて雲雀と肩を並べる。 群れているが草食動物ほど弱くない山本のことは、つっかかってこられなければ特にどうこうしようとは思わない。その目を瞠るほどの運動能力に、偶に手合わせをしたくてうずうずすることもあるが。 「なぁ、そこのコンビニ寄ってかねえ? オレ腹減っちまって」 野球部の練習を終えた山本の腹が見計らったようにぐう、と鳴る。「ほらな」と歯を見せて笑う山本に、雲雀は無表情で返した。つるむつもりは毛頭ないのだ。 「勝手に寄ればいいだろ」 「まーまー。ヒバリも腹減っただろ? 付き合ってくれよ」 「……汗臭いから近づかないで」 「あ、悪ぃ。とにかく行こうぜ」 学ランを羽織った肩に気安く腕を回す山本に、雲雀は仕込みトンファーをちらつかせる。しかしその牽制も山本はあっさりと無視して、すんすんと自分のシャツを嗅いで素直に謝ると腕を外し、雲雀の手を握った。 大きなごつい手は雲雀の細くて硬い手と違い、妙に熱かった。 「何のつもりなの」 「いーからいーから。時間無いわけじゃないんだろ?」 気色ばむ雲雀を宥めるように、それでいて強引に目的地のコンビニへ引っ張っていく。 変なところで素直な雲雀は、時間が無いと嘘を吐こうとはせずに、山本の手を振り払いながらも仕方なさそうについていった。 ガラス戸を開けると、来客ベルに続いて店員の「いらっしゃいませこんにちはー」と間延びした声がかけられる。紙パック飲料が置いてあるオープンケースへ真っ直ぐ進む山本を尻目に、雲雀は雑誌コーナーへ足を向けた。 漫画雑誌を立ち読んでいた並中生が数人、雲雀を見てびくつき小声で囁きあいながら逃げていく。気にするほどのことでもない、と雲雀は人がいなくなったところでバイク関連の雑誌を手に取り流し読むようにぺらぺらと捲った。 そろそろチューンアップもしたいかな、などととりとめも無く考えていると後ろから一リットルのパックに入ったお茶を手に持った山本が現れた。 「おお、ドゥカティ・モンストゥーロ! かっこいーなー。ヒバリってバイク好きなのか?」 目を輝かせてページを覗き込む山本に拒絶を示すように、ぱたんと音を立てて雑誌を閉じ、その辺に雑に置きながら答える。 「嫌いじゃないよ」 「へー、じゃぁ鈴鹿に4耐とか8耐とか見に行ったりすんの?」 「人が群れる場所は嫌いだ」 「そっか。ハーレーとか乗ってみたいと思うわけ?」 「ああいう形は僕の趣味には合わない。で、何の用?」 いくつかの質問に簡潔に答えた雲雀は首を傾げて山本を仰ぎ見る。コンビニに来てやったのだからもういいだろう、と言外に匂わせた。 「ん? ああ、付き合ってくれた礼に何か奢ろうと思って。ヒバリ何食いたい? おでんとか?」 またにかにか人好きのする顔で笑いながら雲雀を引き摺るように促す。確かに小腹が空いてもいたので、割合素直にレジ前に置かれている温かい食べ物を見た。 中央の四角い鍋にはおでんが煮られており、右端には揚げ物、左端には中華まんが並んでいた。山本は曇る中華まんケースを嬉しそうに見つめている。 「何かお取りしましょうか?」と愛想良く店員に話しかけられ、山本は雲雀の方に視線を投げた。 「オレは肉まんかな。あーでも角煮バーガーとかも美味そう。でもちょっと高いよなぁ……ヒバリは? 決まったか?」 「これ」 雲雀はホットショーケースの一点を指差す。そこにはデフォルメされた鳥の顔が描かれた容器に、から揚げが盛られている商品があった。レジ台に菓子やらパンやらお茶やらを載せながら、山本がもう一度問う。 「え、どれ?」 「これ」 雲雀の方に寄ってくる山本。雲雀が指している商品は解ったはずなのに、何故か山本はさらに一度問いかけた。 「どれ?」 「……一体何のつもり? もっと安いのにしろってこと?」 不機嫌そうに眉根を寄せた雲雀に、山本はそうじゃないと手を振って否定した。 「その商品名、言ってみ?」 「からあげクン?」 「そうそう。……もっかい言って?」 「……何なの?」 訝りながらも一度商品名を告げた雲雀に、山本はもう一度復唱して欲しいと強請る。一体なんだというのか。からあげクンと何度か唱えると幸運が訪れるのか。あるいは何か賭け事か罰ゲームか。 不思議そうに「からあげクンお一つで。……何味がよろしいですか?」と問いかける店員に「レギュラー」と無愛想に返しながら、訳がわからずムッとする雲雀は山本を冷ややかな目線で睨む。山本は「そう怖い顔すんなよ。美人が台無しだぞ」とふざけた事をぬかしながら、嬉しそうに笑みを深めた。 それを気味が悪いと感じた雲雀は、会計を済ませる前に件のからあげクンだけを受け取るとさっさと外に出た。足早に歩きながら一つ頬張る。 かりっとした濃い味付けの衣を噛むと、本物の鶏肉とは少し違う、つみれのような肉の感触に当たる。ジューシーとまではいかないが、そこそこ値段につりあった味である。何度か咀嚼して飲み下した。 その間に白い半透明のナイロン袋を二つ提げた山本が、荷物をガシャガシャ言わせながら追いついてくる。雲雀の少し後ろで一つの袋から肉まんを取り出し、大きくかぶりついた。 「ヒバリの口から『からあげクン』とかいうファンシーな単語が出てくると妙に可愛いよな」 はふはふと湯気の上がる肉まんを美味そうに食べながら言うのは、どうやら先程の理由らしい。雲雀は興味がないとばかりにからあげをもう一つ口に放り込み、無言で噛んだ。その間何が楽しいのかじっと食べる様子を見つめられ、居心地の悪さに口角を下げた。 「美味い? からあげクン」 「特別美味しくはない」 「ふーん?」 どれ、と無造作に手を伸ばし山本が指で一つつまみ上げ、止める間もなく食べてしまう。食べているものを奪われるということには慣れていない(というか誰も恐ろしくてできない)雲雀は、僅かに瞠目して即座にトンファーを振り上げた。 ビュっと空気を切り裂いたが、目標にはかわされて当たらない。余計に腹が立った雲雀は足技も繰り出す。 「っとと、いきなり何すんだよ……?」 「それは僕の科白だ。人のものを盗るなよ」 食べ物の恨みは恐ろしいと実証するかのように、雲雀は無抵抗の山本に次々と攻撃を仕掛けた。鋭い目を向けられ、荷物を持ちながら巧妙に全て避けながら、山本は弁解する。 「だって、不味いみたいだったしどうかな、と」 「美味くはないけど不味くもない、って意味だったんだけど」 「え、そーなのか!? それはオレが悪い、謝るよ。ごめん。ていうかヒバリ、からあげクン好きなのな。こんな夢中で攻めてくるって意外……あ、ピザまんあるけど食う?」 「いらないよ」 申し訳なさそうに薄オレンジのピザまんを差し出す山本に吐き捨てるように言うと、雲雀はいらだつ自分を抑えてトンファーを仕舞った。こんなことで熱くなるのは馬鹿らしいと思ったのだ。ふいっとそっぽを向き立ち去ろうとする雲雀にも、山本は懲りずに主人になつく大型犬のように隣に駆け寄る。 「ホントごめん! 今度また奢るから」 「っていうか今すぐ買ってきなよ」 攻撃する際に放った為、道に落ちてしまったからあげクンを見下ろして、雲雀が両手を拝むように合わせながら謝る山本に低く言う。 「え、また今度にしよーぜ」 雲雀の言葉にあっさり頷くと思われた山本は、けれどきょとんとして次回を提案した。 何でそんなしち面倒くさいことをとねめつけると、視線の意味を正確に読み取った山本は悪びれた風も無く笑った。 「だってヒバリが『からあげクン』って言うの聞きたいし」 まだ言っているのかしつこい。 仕舞ったトンファーを再び閃かせ、今度こそ山本を仕留める。ガツンと鈍い手ごたえがあり、山本が血を流しながら倒れた。これでしばらくは起き上がってこないだろう。 「馬鹿が……」 溜息を吐きながら、倒れた山本に一欠けらの慈悲も見せることは無く、逆に侮蔑の眼差しを残して雲雀は学ランを翻し歩き出す。 しかし薄目を開けながら山本が真面目な顔で「かわいいよなぁ」などと呟いていることは幸い耳には入らず、露ほども知らないのであった。(知らない方が精神衛生上良かったが) そして知らない雲雀が再び山本に誘いをかけられるのは、また後日のことになる。 |
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